肉のサンドバッグ

何でも自己責任と言われる世の中で、誰にも助けを求められず死んでいく人はどれくらいいるんだろう。

助けを求めても、手を振り払われる

うつ病を発症してから、必死で助けを求めてきました。人にも、組織にも、制度にも。

でも、そのたびに助けを求める手は振り払われて、無力感や虚無感を感じずにはいられません。

あなたではこの制度は受けられない、もっともっと死ぬくらいひどくないとダメだと言われる。でも、もう死ぬ寸前の最期のSOSなのにと毎回泣き縋りながら思っていました。

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悪意に鈍感な人以外は死ねということ?

前職の産業医も、年金事務所の担当の人も、みんな同じことを言います。

もっともっと病気が悪化しないと来ちゃダメだ、もっと我慢できる、もっと耐えなくてはいけない…。

上司や同僚からから死ねと言われ続けて出社しても平気な人、病欠した翌日会社に行ったら机に花を置かれて「あれ?生きてたんだw」と言われても平気な人…そんな人しかこの世に生きていてはいけないのだろうな、ともっと耐えろと言われるたびに思います。

私はそんなふうにされても傷つかないことはできませんでした。死ねと言われるたびに辛くて、やめてください、どうしてそんなこと言うんですかと抵抗したし、周囲や上司に助けを求めたけれど、みんな口を揃えて言いました。「わめくな、我慢しろ」。

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助けも救いもない、闇の中にいる

もう誰にも助けてもらえない、そう思った時からずっと私は闇の中でひとりぽつんと座り込んでいます。

早く死にたいのに、元気がないから死ねない。早く元気が欲しいな、そしたら死ねるのに。主治医に言うたびに、悲しそうな顔をされます。でも本当にそう思うのです。私はきっと生まれるべきではなかったんだろうなと…。

生まれてきて良かったと一度くらいは思ってみたかったけれど、この世は悪意に満ちていて、私はいつも不満でいっぱいの人たちの怒りの捌け口にされます。そして、いつも殴られ蹴られ、「痛い」と泣いたら「耐えろ」と言われる。

私はこの世に生きる人たちにとって、人間の形をしたサンドバッグにすぎないんだと30年間生きてきて思うようになりました。だから、サンドバッグが何を言おうとへでもない。「耐えろ」「うるさい、喚くな」「死ね」と平気な顔で言える。

人間なんかに生まれたくなかったです。障害年金も何もかもどうでもいい、早く死にたい、早く死なせてほしいです。