鬱の反対は、活力である

TED(下ネタを言うクマのぬいぐるみの方ではない)を見ていたら、アメリカのとある作家さんがこんな話をしていました。

「鬱の反対は、活力だ」と。

鬱になると、死にたくなる。それに…

鬱病の私は、起きている間、冗談ではなく本当にずーっと死にたいです。その思いが強いか弱いかというだけで、基本的にずっと死にたいという思いがどんな行動の根底にもあります。

そして、何より、鬱病がより重度になるほど、あらゆるものへの興味関心がなくなります。

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未来への希望、自分への愛が「活力」の源

活力がある人、いろんなことに興味関心を持ち、飛び込んでいきたいと思う人は、未来への希望がある人です。

そして、飛び込んでいった先でうまくいこうといくまいと、自分をゆるぎなく愛せる人です。

自分を信じず、愛さない人は未来に希望を持てません。未来に希望がない人は、活力が持てません。

鬱病の人は、たしかに自分を愛さず(なぜなら周囲の人に愛されなかったから)信じることができず(なぜから周囲の人に信じてもらえなかったから)、未来に希望が持てません。活力を奪われ、何も生きる喜びがないまま、尸のように床に横たわり息をするのみです。

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生きる活力が欲しい

生きる活力が自分にあったなら、ともう何万回も思ったことを繰り返し今日も思います。

活力があれば、あれもこれもしたいと思えるのかな。もし何か失敗しても、うまくいかなくても、そんなこともあるさと笑い飛ばせるのかな。

そんな日が私に来るとは今は思えないけれど、無条件に信じられる日が来るのかな。