どこまで我慢すれば「健康」なの?どこまで我慢しなくてよければ「健康」なの?
生きてる間、ずっと我慢している
これまで、ずっと我慢してきました。私が私であることが原因で、いろんなことを我慢させられてきました。
女だから、長子だから、10代だから、20代だから、容姿がどうだからこうだから…。
さまざまな差別や偏見に晒されて、心は途方もなく傷付いて、そのたびに、我慢しろ、我慢しろと自分に言い聞かせてきました。
そして、いろんなものを見聞きするたびに、これからも我慢しなければならないのだと思い知らされます。
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生き地獄
天国に音楽はないそうです。音楽は地獄にしかない。
なぜなら、天国では全てが満ち足りているから。音楽は人間のあらゆる感情、妬みや嫉み、憎悪など悲喜こもごもがあってこそ生まれるものだからです。
つまり、音楽があるこの世は地獄だということ。
好きで地獄に生まれる者がいるでしょうか。いえ、いないでしょう。
勝手に生んで、後は勝手に自立しろとは、人間は無責任な生き物だなと思います。
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健康に生きる、が分からない
自分の存在意義、ありのままの自分を20数年間否定され続けて、私は自分の「健康」が分からなくなりました。
いつも死にたい、死にたいと思わない日はありません。
いつからこんな寝たきりの生活だったのか、いつから窓を開けることさえ、歩くことさえ辛くなったのか、もう覚えていません。
どこまで我慢すれば「みんなと同じ」「健康」なのか、私にはもう分かりません。
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もう二度と生まれたくない
分からないままもう死んでしまいたいです。これ以上何かを考えることも、傷つくことも、我慢することも、疲れました。
こんなにつらいのに、誰にも分かってもらえない。自分自身でさえ、この痛みを分からなくしたいがためにさらに自分を傷つけてしまう。
こんな自分が生きている意味があろうかと思います。
空になりたい、海になりたい、地球の一部の粒子になりたいです。もう「生まれ」たくない。意思を持ちたくない。意思を持っても傷つけられ、我慢して、辛いだけです。
どうして早く死ねないんだろうと思いながら、今日も寝床で泣いては、天井を見つめています。