私は大きな幸せを掴もうとしていたのかも

主治医にカウンセリングをしてもらうと、毎回何かしらの言葉が刺さるのですが…今回は「幸せ」に関する話がすごく刺さりました。

効率化を求める気質が仇に

私は昔から要領のいい子供でした。

対人関係ではなく作業スキルの話です。

A地点からD地点へ行くのに、A→B→C→Dとまっすぐいくのではなく、A→Dに一気に行ける方法はないかとか、AからDへ行く速さをどうしたら上げられるかとか、そういうことを考えるのが好きな子供でした。

そういうわけで、単純作業は大嫌いで、なるべく効率化し、自分の個性を出せそうなところを探すのが好きでした。それは今も同じです。

でも、企業とかに入ると、まず求められるのは効率性よりも、「いかに前例に倣って物事を進めるか」じゃないですか。業界によるとも思うんですが。

それで、まあ私はものすごく先輩や上司と合わなくて、4〜5年間近く人間性から外見から私の全てを否定され続けた結果、うつ病になっちゃったんですよね。

そういう経緯があって、私はもともと自分が持っていた「効率的に物事を処理する」という強みを否定されたことで出せなくなってしまって、私の強みは無くなってしまったと打ちひしがれていたんです。私が生きてる価値あるのかな、って思うくらい。

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小さな幸せを集めるのが人生

なんですが、カウンセリングを受ける中で、主治医から「急いで大きな幸せを掴もうとしなくていいんだよ、小さな幸せを少しずつ集めていくのが人生だよ」と言ってもらって、すごく…ホッとしたんです。

効率的に人生を生きなくてはいけないような、そんな強迫観念に取り憑かれていたけれど、別にそんなに焦る必要はないんだ…と許された気がしました。

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傷を癒しながら、小さな幸せ集めをしよう

傷つけられた期間と同じだけ、傷を癒す期間というのは必要なのだそうです。

そう思うと、自分の傷がまだまだ癒えていないのも当然だなと安心しました。

自分だけ雑務を押し付けられ忙殺され、屍に鞭打つように罵倒され続けたあの日々…。

今はなんだか、栄光とか効率とかそんなのもうどうでもいいやと思えています。

深く心に横たわる傷を静かに癒して、毎日の小さな幸せ…今日は晴れだとか、暖かいとか、そういうことを大切に、心の糧にして生きていきたいです。