外に出るくらいなら死にたい

最近、どんどん労働意欲が低下しています。

働きたくない、傷つけられたくない、外に出るくらいなら死にたい。

全部全部消えてしまえばいいのに

自分がなぜ生まれたのか。

そんなの「親が産みたいから産んだ」それだけの話なんですけど、自分が生きている意味が分からないから死にたいなあとここ最近は毎日…息するように感じています。

生きていても誰にも何かを与えられるわけでもない。

誰かに傷付けられるだけのサンドバッグとして生まれたのなら、そんな辛いだけの人生なら今終えてしまいたいです。

世界のすべてが、自分以外全部がなくなって、静かにゆっくりと飢えて死んでいければいいのに。

スポンサーリンク

 

 

薬を飲んでも希死念慮は薄まらない

処方された抗うつ剤、抗不安剤はきちんと朝昼晩飲んでいます。

たくさんのカプセルを飲みながら、それでもこんなに私が死にたいのはなぜなんでしょうか。

楽しいこともない、悲しいばかり、痛いばかり。

息をするだけで、「自分が生きている」という罪悪感が心に澱のように溜まっていきます。

スポンサーリンク

 

このブログは私が死ぬまでの記録になるのかも

今私が社会に発信できるツールはこのブログだけです。

SNSは全部やめました。LINEもアンインストールして、スマホに残っているのは母とやりとりするためのメールだけです。

あ、そういえば家のものもたくさん売りました。

死にたい気持ちが高まるほど、身を軽くしなきゃという思いが高まって、結局今私が持っているのは布団とスーツケースに収まるだけの日用品だけです。

もし私が死んだら、母が最初に気づいてくれるだろうか。

もしくは、このブログを読んでいる人なのかな。

自殺する時って、意外とあっさりやるのかもしれません。

やるぞ!と思い切っていろいろ準備してから実行するんじゃなく、あ、死にたいな、と思ってやるのかも。

いつ私は死ぬのかなあ。