小中学生向けコンクールを総ナメ‥天才少女を育てる、たった1つの呪い

こんにちは。うつ病闘病中、私(@namakerie)です。

私は、小・中学生向けのコンクールでほぼ1位の賞しか取ったことがありませんでした。

小学校の6年間、作文、工作、絵画、英語暗唱…あらゆるコンクールでトップを総舐めにして、「神童」「天才」と呼ばれ続けてきました。

では、どんな育て方をしたらそんな娘に育つのか?娘はどう感じながら作品を作り、コンクールに出場していたのか?

私自身の体験談を、赤裸々にご紹介します。

今、子育てに悩んでいる方にこそ是非読んでいただきたいです。

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小学校6年間、私には「休み」はなかった

私は、小学校入学から卒業までの6年間、夏休み・冬休みに休んだことがありません。

覚えているのは、長期休み初日に母から分厚いファイルを渡されて「そこにコンクールの募集要項が入ってるから、全部やりなさい」と言われたことだけ。

ずっしりとしたファイルを開くと、作文、作詩、絵画、英語暗唱、工作など、あらゆるコンクールの募集要項がぎっちりと1ページ1ページに貼り付けられていました。

幼い私は、「〇〇ちゃんと遊びに行きたい」「△△を食べに行きたい」と両親に泣いて駄々をこねましたが、希望は決して叶いませんでした。

両親はとても頑固で、やんちゃで男勝りな私を、感受性豊かなお嬢さんにしたくて必死だったそうです。

芸術に関するコンクールにたくさん出品させて切磋琢磨させれば、子供の感性も磨かれるだろうと思ったのでしょうか。

長期休み中は40〜50近くのコンクールに作品を提出させられ、毎日1〜2つのコンクールの作品を書き上げていました。

当時、私は長期休みが楽しいなんて一度も思ったことはありませんでした。

毎日作品を作るのに追われること、休みたいのに休めないこと、外に出させてもらえないこと。

どれも辛かった。

でも、何よりも辛かったのは、父や母が私の作品に文句をつけ、自分たちがいいと思うように書き直して提出することでした。

私がいいと思った部分も、「こんなのおかしい」「大人はいいと思わない」と酷評して、訂正してしまいます。

私自身の感性が否定されることに、最初は腹が立ちました。

一生懸命作ったものを否定されるのが悲しくて、何度も泣いて喚きました。

でも、両親は訂正するのをやめてくれなかった。

それを見ながら、私は徐々に自分の心が死んでいくのを感じていました。

「私の考えなんて、作ったものなんて、どうせ力の強い人たちに否定されて消されるんだ」

作品を作らないと、両親から「怠惰な子は家に要らない」「学生は切磋琢磨するのが本分」と怒られます。

魂が抜けたようにして、私はひたすら作品を作り続けました。

そのどれにも、私の思い入れはありません。だって、私の作品ではなく、両親の作品だから。

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作文・絵画・習字、英語暗唱‥1位以外の方が珍しかった

両親が私の作品を修正すると、どの作品もコンクールで1位になりました。

当然です。

小学生の作文コンクールに、30代の男女が出品しているようなものなんですから。

小学生らしからぬ論理性の高さ、抑揚の巧みさ…作文ではそれをいつも褒められました。

絵画・工作では発想の奇抜さを、英語暗唱では発音のうまさを褒められました。

でも、どれも結局両親の力なのです。

作文も絵画も工作も、両親が半分以上手を加えています。

英語暗唱は、両親がいいと思うレベルにならなければ食事はおあずけでした。まるで芸を覚えさせられているペットです。

私にとって、家は全然安らげる場所なんかではありませんでした。

1位の賞状・トロフィーを取らなければ怒られる…と、いつも両親に怯えて暮らしていました。

コンクールで1位を取るたびに、学校で一番大きな講堂で壇上にあがり、校長から賞状をもらいます。

毎週のように壇上上がりながら、虚しさを覚えていました。

「さすがね」「すごい」と賞賛する大人や同級生の声は、むしろ自分を攻撃しているように感じていました。

「どうせ私は何もできない。両親がいないとこうはならないんだ。」

徐々に、自我がなくなっていきました。

両親に抵抗することをやめ、従順になるほどに心は空虚になりました。

でも、代わりにコンクールの結果はどんどん良くなっていったんです。

なぜなら、そのぶん両親の作品への干渉が増えたから。

両親は嬉しそうでした。

「おとなしい、いい子に育った」「1位を取るという勝利体験を、親が手伝ってさせてあげた」

それを横目に、私は「この人たちは、私じゃなくていいんだ。自分たちの思い通りに動く人形がほしかっただけなんだ」と孤独感をつのらせていきました。

賞を取るたびに、自分は本当は両親に愛されていない、でも、自分は両親がいないとゴミのような人間なんだと思い知らされるようで辛かったです。

作品の精度はより高まり、新聞やニュースに取り上げられることも増えました。

小学校では「創設以来の神童」と呼ばれちやほやされました。

ただ、神童、天才という賞賛を浴びるほとに、自分は無能なんだという思いを深めていったんです。

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社会に出てからは「指示待ち人間」と呼ばれ、うつ病に

神童だ、天才だと言われた私は、両親が望むまま、東京の一流大学へ進学しました。

そして、東京の一流企業へ入社…ですがここで、私の人生は大きな転機を迎えることになります。

それは、職場で私が「誰かの指示なしには動けなかった」から。

それまで私は自分が無能だと思って生きてきました。

なぜなら、私の考えはことごとく無視されて、親の思うような生活を送らされたから。作品の精度を高めるために両親から私の考えや作品は否定され続けたから。

急に「自分で考えて動け」と言われても、自分の行動にことごとく自信のない私は何も動くことができませんでした。

「頭でっかちで使えないヤツ」とレッテルを貼られ、私は職場で居場所を失ったのです。

みんなの前で私を叱るなど、厳しい上司の下についてしまったことで、私はどんどんストレスが溜まっていきました。

そしてついに、入社から3年目。

ある日突然、出社しようとドアの前まで行ったら、足がすくんで外に出られなくなりました。

涙が意味もなくぼろぼろ溢れて、上司に会うのが怖くて外に出られなくなりました。

「これは何か病気では」ともつれる足で病院に駆け込んだら、診断されたのは「うつ病」。

主治医からは「ご両親とどう接してきたか、幼少期のことをよく思い出してみよう」「そこにうつ病発症の因果関係が何かあるかも」と言われ、ハッとしたことを思い出します。

私がうつ病になってこんなにも死にたい、消えたいと思うのは、あの時に両親から否定されたことがきっかけだった…と。

自由時間の使い方が分からない、面白みのない人間になった

両親は私に「長期休みにコンクールへ作品を提出させまくる」ことで、学ばせたかったことはさまざまあると思います。

ですが、私にとってその体験は「私自身の個性を否定される体験」でしかなく、その後の人生を「うつ病」という形で苦しめることになりました。

うつ病の療養中は、自分がどんな行動をするのか、その行動にどんな感情を持っているのかを注視します。

そこでわかったのは、私は「やるべきこと」以外をやるのを、異常に嫌がる人間だということです。

夏休み・冬休みに、「周囲よりも秀でた結果を残さなければならない」「そのために、他人よりもプラスαの努力をしなければならない」と言われ続けたので、体が勝手に「もうあんな辛いことはしたくない」と勝手にブレーキをかけるんです。

そして、私は両親というおそろしい存在から「〇〇しなさい」と指示され続け、それ以外の行動を許されなかったので…

「〜しなければならない」という言葉には恐怖心を感じて一生懸命取り組むのですが、自分に「〜しなければならない」と課さなければ、どんなに好きなことでも全くやらないという妙な体質になってしまいました。

つまり、「〜しなければならない」ということは頑張りますが、「余裕があれば△△をする」ということは全くやらない人なのです。

両親が子供をコントロールしようとする家庭ではよく見られる、典型的な性格のようです。

そんな性格なので、スケジュールを立てる時はとても困ります。

「最低限、〇〇はやろう。もし時間に余裕があれば△△をやろう。」と思っていると、時間に余裕があっても絶対に〇〇しかやらないのです。

主治医といろんな解決法を考え、今は「隙間時間には最低限△△をやる」と、空いた時間にもやるべきことをつめこむことで生活を管理しています。

私は今、本当に悲しいです。

私はもっと自由な人間になりたかった。

空いた時間をのんびりと好きなように楽しめる、ゆったりとした人になりたかった。

でも、現実の私は違います。

隙間時間にさえ、何を最低限しなければならない!と自分に課さなければ、好きなことさえできないのです。

自由な時間の使い方の分からない人間、指示を待つだけの「〜すべき」に縛られたつまらない人間になりました。

コンクールであらゆる賞を受賞していた頃の私も両親も、こんな未来は想像していませんでした。

才能豊かな子供を育てたいなら、自由時間を与えよ

自分の子供に幸せに育ってほしい、才能豊かな子供になってほしい…ご両親の気持ちは分かります。

でも、子供は野生動物だと思って育ててほしいのです。

いつかは野生に帰さなくてはいけない動物を、一時的に預かっている‥

そう思えば、親の思いを押し付けるのではなく、自分ひとりで行きていけるように、ひとりで何でもさせよう自由にさせようと思うのではないでしょうか。

才能豊かな子供を育てたいと思う親御さんは、どうか子供にあれこれ押し付けないでください。

あなたの希望を背負いすぎた子供は、ただの人形になり、いつしか、ひとりでは生きていけないゴミになります。

才能を育てるのは、両親ではありません。

親がなくとも子は育つと言うように、才能は、子供がひとりで考えて行動できる自由な時間でのみ育つのです。

お子さんの考えがすっとんきょうでも、否定せず、ありのままのお子さんを受け入れてください。

うつ病になった時、私は両親からこう言われました。

「育て方を間違えた」「産まなければよかった」

血を分けた親からそう言われた、憐れなひとりの女からのささやかな願いです。

世界から、ひとりでも多くの「過干渉されない子ども」が育ちますように。