「うつ病になり、計算できなくなった」というのは、私の実体験です。
そして、自分のまわりのうつ病患者の人々からもたびたび聞く話題です。
計算できないとはどういう状態なのか、お話しします。
学歴は全く関係ない
うつ病で計算ができなくなることは、文系、理系、学歴…その人のどんな背景も全く関係ありません。
私の場合は、抑鬱状態が強いほど計算もできなくなりました。
抑鬱状態が落ち着いていると、簡単な四則演算ならできます。
でも、割り算とか掛け算は、解くのに時間がかかります。
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1+1…1、計算できない…となる
1はわかる、それに1を足すのもわかる。
でも、それらを足して何になるかと聞かれると途端にパニックになります。
1と1が頭の中で分離して、計算しなきゃ、やらなきゃという意識で頭が真っ白になって、数字が目の前をぐるぐる回ります。
これが私の「計算できない」状態です。
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靴下を揃えることもできなくなった
洗濯物をたたむとき、靴下を揃えますよね。
私、靴下が揃えられないんです。
昔はできてました。でも、今は無理です。
目が洗濯物の上を滑って、どこにあるの、どうしたらいいのとパニックになります。
だから、なるべく靴下を履かないようにしています。
靴下を揃えなきゃと思うと、洗濯物の前で泣きたくなるんです。
うつ病の症状は認知症に近いと思う
私の祖父母は、認知症になってからなくなりました。
いろいろなことをすぐに忘れる(忘れるので、何度も聞く)、パニックになる…。
祖父母は自営業だったので暗算は何よりも得意だったはずなのですが、体は元気でも計算はほとんどできなくなりました。
祖父母が経験したことは、どれもうつ病で自分が経験してきたことばかりです。
昔のあなたも、今のあなたも、ずっと最高
私は、かれこれ10年以上もうつ病を患っている人間として伝えたいことがあります。
うつ病患者は「病気をする前の自分」と「今の自分」を比べて辛く思う人が多いけれど、同じ自分ではないのだから無理しないでいいんだよ、ということです。
だって、大好きなおばあちゃんが認知症にかかって、誰が「前のおばあちゃんじゃなきゃ嫌だ」「前のおばあちゃんに戻って」と言うでしょうか。
おばあちゃんだって戻りたい。でも、戻れません。
おばあちゃん自身が一番辛いのです。
だから、うつ病になったから計算できなくなった、靴下が揃えられなくなったから、「前の私でなきゃ嫌だ」「戻りたい」と、うつ病の自分を否定しないでほしいのです。
人は、質量保存の法則にのっとって生きていると私は思っています。
何かを失えば、同じぶんだけ何かを得る。うつ病にかかって、あなたが失ったものはなんでしょうか。得たものはなんでしょうか。
私は、「親の人形を演じ続け、本当の自分をいじめつづけてきた偽優等生な人生」「計算力」「語学力」「靴下を揃えたりする細かな集中力」を失いました。
代わりに得たものは、「自分が好きなことや愛する人たちを見つめ直す人生」「趣味でできた新たなつながり」「料理力」「写真力」「残りの人生」です。
前者はきっと、病院に駆け込まなければ失っていると気づかなかったし、たぶん、自分の心の居場所もわからないまま、小さな職場の陰湿ないじめだけで、全世界の人間に嫌われていると勘違いしたまま死んでいたと思います。
うつ病になってよかったかどうかは分からないけれど、失えば得るものがある、得たいなら何かを失わねばならない。人生とはそういうものだと考えています。
でも、あなたが何をどれだけ失い続けても、失わないものがひとつだけあります。それが、あなたを心から愛する人たちです。
大丈夫です。うつ病になる前のあなたも、なった後のあなたも、あなたを愛する人たちはあなたを大好きなままです。
あなたは最高。
だから、今この瞬間も、明日も、どうか自分を責めたり、悔やむことなく、愛して愛して、生きてほしいのです。