生きていてごめんなさい

自分の心の底にずっとある気持ち、それが「生まれてきてごめんなさい」という気持ちです。

誰かにずっと謝っている

私はいつも心の中で誰かに謝っています。

生まれてきて、こんな自分で、こんな自分が生きていてごめんなさい…。

そんな気持ちでいっぱいで、何も手につかないし、手をつけようとしてもその気持ちが邪魔して、「私なんかがやってもどうせダメなんだ」「私なんかがやっていいことじゃないんだ」と怯えて手をつけられません。

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ごめんなさい、はとても疲れる

不自分の思う「社会」全体に向けて謝り続けることは、本当に疲れます。

心がどんどん削られるし、悲しみや絶望で心がいっぱいになって、何をするのも全部誰かの許可が必要な気持ちになります。

そういえば、私は小学生の頃、テストで悪い点を取ると父と母がものすごく不機嫌になるので食卓の雰囲気がすごく悪くて…テスト後の食事がすごくつらかったです。

馬鹿なのに腹は減るんだな、と侮蔑する眼差しをずっと向けられて、一刻も早く逃げ出したかった…。

今はあのときの気持ちが四六時中ついてまわっているような感じです。

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どうしたら謝る自分を変えられる?

水を飲む、排泄する、寝る…そういった生理的な行為にさえ、今の私はものすごく申し訳なさを感じています。

体を小さくして、前職の上司や同僚、父や弟たちにボロボロに壊された心の破片を、「生きていてごめんなさい」と謝りながら集めています。

「デブ」「ブス」と家の中でも外でも嘲笑われたこと、自分の居場所をどちらでも根こそぎ奪われて、孤立させられて、「あの子は殴っていいんだ、サンドバッグなんだ」と思われてきたこと、辛かった記憶の中で私は生きていて、それはまるで底なし沼のようで、私はずっとそこから抜け出せずにいます。

鈍感な心に変わりたい、謝らない自分になりたい…苦しいです。