声かけ写真は、犯罪だ。「アートは言い訳」「被写体に無断で写真売買するな」

外国の少女 恋愛

2015年5月4日から8日まで、東京・世田谷区にあるIID 世田谷ものづくり学校にて開催された「声かけ写真展」が激しい物議を醸しています。

中年男性が小・中学生の女子に声をかけて撮影した写真の展示会。

展示会の写真は販売もされたといいます。

被写体の少女たちの許可は得ているのか、わいせつ性はないのでしょうか。

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「声かけ写真展」は、犯罪か。アートか。

この写真展は、街角に遊ぶ少女たちに声をかけ撮影するという、(本当にあったか分からないが)30年前にあった写真文化を復活させたものだそうです。

中年男性が、女子小学生を撮影した写真を展示・販売するというだけでもかなり怪しいです。

しかし、「素人の少女の美しさを表している」「犯罪ではなくアートだ」という声もあります。

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声かけ写真は、間違いなく児童ポルノだ

この写真展はアートではなく犯罪です。

なぜなら

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  • 撮影者の男性たちは、被写体の少女たちの承諾なしに、水着や下着姿の写真を販売している。「女児の性」を売り物にしていることは明らかだ。
  • しかも、一部は盗撮である
  • 被写体に写真販売の許可を得ていないことを認めている。
    (「(写真撮影の許可について)自己決定能力がなさそうな幼い子供であっても、親が近くにいれば、撮影を承諾したのと同じ」と意味不明な主張をしている)
  • 写真のデータを来場者に配っており、リベンジポルノの危険性が非常に高い。(もちろん、データで写真を配布することについても、被写体に許可は得ていない)

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撮影許可なしに、半裸の写真を勝手に売買される。これはレイプだ!

この写真展をアートだと主張する人たちに、尋ねたい。

もしあなたが幼い頃にプールで遊んでいる時、勝手に写真を撮影されたとします。

そして、あなたの知らないところで、あなたの幼い胸や性器などは多くの小児性愛者に性的な目で見られている。

あなたの半裸の写真が、あなたの許可もなく販売されている。

こんな状況に、あなたは耐えられるでしょうか。

全く見ず知らずの他人に自分の半裸を見られ、しかもその半裸の写真はまた別の他人にいいように売買される。

もはやこれは、レイプです。

声かけ写真はアートと隠れ蓑をかぶった、低俗な児童ポルノだ!

声かけ写真展をアートだと主張する人たちは

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  • 女子小学生や中学生のアイドルだっているのだから、美しい少女たちを撮影することの何が問題なのか。
  • 少女たちは服を着ているのだから、児童ポルノではない。だから犯罪ではない。アートだ。と言います。

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と反論します。

女子小学生・女子中学生アイドルを撮影してもいいのに、なぜ普通の女子小中学生を写してはいけないのか

美しい少女たちを写すことの、何が問題なのかと言う人がいます。

写すという行為そのものは、問題ではありません。

しかし、この展覧会で展示された写真の少女たちは、自己決定能力のない幼い子たちが多く含まれています。

しかも、撮影を許可したとしても、その写真がどのように使われるのか、ましてや販売されるなど、撮影者から説明されていません。

同じ女子小中学生でも、アイドルたちは違います。

例えばステージで撮影されることはもちろん認識しているし、撮影された写真がどう使われるのか、しっかりそのリスクを認識しています。

でも、声かけ写真展で写された少女たちには何の説明もなされていません。

自分の水着や下着姿の写真が、誰かに売買され性的な目で見られるリスクなど、全く説明されていないんです。

これは、悪徳の売春斡旋業者と同じ手口です。

もし撮影された少女たちがリベンジポルノの被害にあったら、撮影者はどうするつもりなのか。

その責任は取れるのでしょうか。

Buzzfeedによる撮影者へのインタビュー記事「世田谷の「声かけ写真展」で少女写真を販売 主催者はアダルトサイト運営も」では、「リベンジポルノの責任は、撮影者である自分たちではなく買った人の問題だ」と責任転換しています。

ここまで読んでも、声かけ写真展はアートだと、あなたは思うでしょうか?

水着や下着姿は、服を着ている。だから児童ポルノではない。アートだ。

また、少女たちは服を着ているのだから、児童ポルノではない。アートだ。と言う人がいます。

さて、児童ポルノの要件を振り返ってみましょう。

1. 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態(1号)

2. 他人が児童の性器等(性器、肛門又は乳首)を触る行為又は児童が他人の性器等(性器、肛門又は乳首)を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの(2号)

3. 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀部又は胸部)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの(3号)

児童ポルノの所持・提供・製造・頒布・公然陳列・輸入・輸出は、同法7条で禁止されている。

wikipedia-「児童ポルノ」

今回の写真展では、下着姿や水着姿の写真もありました。

下着や水着という薄い布一枚で裸を覆っているからと、「着衣だ」「だから児童ポルノではない、犯罪ではない」と言えるでしようか。

下着や水着は、限りなく裸に近い着衣ではないでしょうか。

布を一枚被せていれば着衣、だからポルノではない、だから少女たちは男性たちの性的な視線にさらされても誰にも守ってもらえないなんて絶対におかしいです。

下着姿や水着姿は、確実に児童ポルノの要件に抵触します。

副題に込められた、性的で下劣な目線

展示会の副題にあえて「中年男性が女子小中学生に〜」と書いていることからも、明らかに児童ポルノの認識があって開催していることがわかります。

なぜなら、ただ単に野生の少女の美しさを残したいなら「中年男性」などと撮影者自身の説明を入れる必要がないからです。

あえてここで撮影者の説明を入れているのは、少女たちを性的な目で見る者たちに「撮影者の私たちは、あなた達と同じです。性的な視線で彼女達を写しているから、あなたの性的興奮をそそられること間違いなしです!」と言う意図が含まれているから。

児童ポルノであるという認識がありながら、それを平気で展示する強欲さと愚鈍さに腹が立ちます。

ひとりの意思ある人間である少女たちを、セックスドールくらいにしか思っていないおっさんたちがのうのうと生きていることに、本当に腹が立つ。

声かけ写真は、少女たちの良心につけこんだ、卑劣でおぞましい成人男性の性的搾取です。

アートと児童ポルノの違いは、被写体がリスクを認識しているか否か

「アート」という隠れ蓑を使って、ぬけぬけと児童ポルノから逃れようとしています。

アートと児童ポルノの違いは、少女たちが「大勢のひとに自分がさらされる」「自分が性的対象になりうる」というリスクを認識しているかどうかです。

アーティストのろくでなし子さんは、自身の女性器をかたどった立体作品を店内に並べたり、女性器の3Dデータを配布していました。

これは自分が大勢のひとから性的対象と見られるリスクを自分で認識しています。だから、アートなのです。

少女たちのリスク認識なしに、撮影者が「これはアートだ」と叫んでも、それはただの性的加害者のエゴです。犯罪です。

少女たちを好奇の視線から守れるのは、私たち大人です。

アートなら何でも良いのではない。

少女たちを、1人の女性として人権を守らなくてはならない。

声かけ写真展の公式ホームページを見て、「中年男性が少女たちを食い物にする」さまを肌で感じてください。

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そして、もう一度アートと性的搾取について考えてみませんか。

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