「仕事ができないから」会社ぐるみのイジメに遭った私からあなたへ。

「お前は仕事ができない」と、上司や先輩に怒られたことはありますか?

同僚から、哀れんだ目で見られたことがありますか?

わたしは何度もあります。

今、「お前は仕事ができない」と怒られて悲しんでいるあなたへたった1つだけ伝えたいことがあります。

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「仕事ができない」私は、脱サラして月100万稼げるようになった

結論を言うと、私はサラリーマンを辞めて自営業になって半年ほどで月収100万円を達成しました。年収1200〜1300万円程です。

サラリーマン時代は、精神的にも肉体的にもつらくて毎日泣いてばかりでした。

毎朝、会社に行くのが嫌で嫌で仕方なかったです。

そんなに苦しい思いをして、月収は30〜40万円。年収は600万円ほど。

「同年代よりも自分の方が少しお給料がいい」というプライドだけが、自分の苦しみを和らげていました。本当につまらない見栄です。

でも今は、そんなくだらない見栄は張りません。

毎日好きなだけ寝ていいし、好きなだけ本を読んでいいし、いつでも旅行に行っていい。

同僚から陰口を叩かれたり、上司や先輩から理不尽な怒られ方をすることもありません。その上、お金も前よりたくさんあります。

今では、サラリーマンをしていたことがバカらしく思えてくるほどです。

今回は、いま会社で「仕事ができない」と怒られているあなたにエールの意味を込めて、私の半生をご紹介します。

 

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会社ぐるみのイジメに泣いた、会社員時代

私はもともと銀行員でした。

自分には向いていない職種だと思いながらも、「安定した職業についてほしい」という親の期待に応えたくて入行しました。

結果、やはり自分には全然向いていなかったです。

事務、営業、経理、総務…いろんな部署をたらい回しにされては、「仕事ができない」「伝書鳩はいらない」「デブ」「ブス」と怒鳴られ、イスを蹴られ、早朝から深夜まで1人だけ残業させられてばかりでした。

全体で100〜150人ほどの会社でしたが、全社員の前で罵倒されることは日常茶飯事。

ほかの社員が同じ書類を持っていけばOKと言われても、私が持っていくと口ぎたなくののしられる…そんな日々でした。

サラリーマンを辞めてもう何年も経ちますが、いまだに会社の人たちから受けた傷は癒えません。きっと一生残ると思います。ふとした瞬間に、罵倒の言葉を思い出すんです。

できることなら全員に復讐したい。全員の家族もその人自身もめちゃくちゃにしてやりたいです。だって、私の人生はその人たちにめちゃくちゃにされたんですから。

でも、いじめられている時は復讐なんて思いもしませんでした。

つらくて、悲しくて、私の何が悪いんだろう、早く死んでしまいたいと毎日泣いていました。

結果的に私は、うつ病になりました。

うつ病になった後も、会社の上司たちからは「仮病はやめろ」「これだからゆとりは」と何度も怒られたことは、昨日のことのように思い出せます。

この時期、私は本気で自分は「仕事もができない無能」なんだと思い込んでいました。

こんな無能なら死んでしまいたい、抗うつ剤を一気に飲んだり過食嘔吐をしたりしながら、いつも死ぬことばかりを考えていました。

 

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「仕事ができる」って何?

仕事を辞めた後、私がはじめて救われたと感じたのは今の仕事を始めてからです。

今の仕事はサイト制作ですが、やり方を教えてくれたお兄さんがとても褒め上手な人でした。

「君は飲み込みが早いね!」

「ここはこうするともっと見やすいよ」

「どんどん上達してるね〜すごい!」

褒められることが嬉しかったのもあるし、何より、自分の仕事が誰かの役に立っている、誰かを喜ばせたりすごいと思わせられるんだということがとても嬉しかったです。

それをきっかけに今の仕事にどんどんのめり込むようになり、結果的に今の月収を達成しました。

今思うのは、サラリーマン時代に私を散々「ダメ人間」よばわりしたあのひとたちは一体何をもって私にそんなことを言ってきたのだろうということです。

彼らからはいつも「お前は出来損ないだ」「金を引っ張ってくることもできないくせに」と陰口を叩かれました。

お金を稼げること=仕事ができる ならば、私は、私を罵倒した彼らよりも確実に「仕事ができる」人間です。

仕事ができる、って何なのでしょうか。

何ができたら、仕事ができると言えるのでしょうか。

人の数だけ答えがありますよね。

お金が指標だという人もいれば、協調性だと言う人もいるだろうし、どの答えも正解だしどの答えも不正解だと思います。

後々分かったのは、仕事ができないという理由でずっといじめられていたけれど、別に私は仕事ができないわけじゃなかったということです。

銀行という閉鎖された空間はストレスが溜まるものです。

だから、年が若く、気弱そうで、上の人に逆らえなさそうな、何かあったら一人でのたれ死にそうなやつを選んでストレス発散目的でいじめたかったのです。

私が退職した後、職場ではこんな風に噂されていたそうです。

「あいつ死んだのかなあ」

せせら笑う声が今にも聞こえてきそうで、吐き気がします。

仕事ができる、できない、なんていうのは、それを言っている人間たちが群れて、なんとなく口々に言っているだけの戯言なのです。

他人を貶めることでしか幸せを感じられない、感性が貧相な人間たちのすることなのです。

 

「仕事ができない」は言いがかり

仕事ができないと言われて嬉しい人は少ないと思います。

誰だって、誰かの役に立ちたいと思うし、誰かを喜ばせたいと思うものだと思います。

でも、自分が頑張っても頑張ってもその努力が認められなくて、いつも村八分にされていたら、すごく辛いですよね。

消えてしまいたい、自分なんて必要ない存在なのかもしれないと思うでしょう。

でも、そんなこと絶対にないんです。

仕事ができない、というのは、相手があなたに言いがかりをつけているだけにすぎません。

私がサラリーマンを辞めたら、毎日自由で楽しく羽ばたけたように、その人にはその人の咲く場所があります。

たとえある場所では難癖をつけられても、それが仕事場を変えれば見つかるかもしれないし、そもそも仕事じゃなくて家事とかに適正があるのかもしれないし、はたまた全然違うことかもしれません。

生きている人間の数だけ、その人が一番きれいに咲ける場所は違います。

むしろ、特に日本のように画一化された「会社」という窮屈な箱の中で輝ける人こそ、稀有な存在なのではないでしょうか。

もしあなたが会社で「仕事ができない」とか「仕事が遅い」「何をやらせてもダメ」と怒られたら、そんなつまらない妄言につきやってやる必要はありません。

その場所はあなたにとってふさわしくない場所なんだと思えばいいのです。

そんなつまらない場所では、あなたの真価を理解できる高尚な人はいません。早くその場所から飛び立ってしまいましょう。

世界は、あなたが思っている以上に、何千倍も、何万倍も、何億倍も広くて輝かしくてワクワクできるところがたくさんあります。

あなたが視野を広げたら、こんなにも美しい世界があったのだ、私が羽を広げられる場所があったのだとはっと気づくはずです。

つまらない上司や先輩、同僚、同期、後輩…そんなものに惑わされて、自分を見失っていませんか。

あなたは、決してあなた自身を悲観する必要はありません。

たくさん泣いたら、泣いたぶんだけあなたは誰かに寄り添える強い人になれます。強くて、優しい人になれます。涙は決して無駄にはなりません。

涙を拭いて、前を向いてみませんか。

嫌な上司、先輩、同僚たちのしがらみを、自分で切ってみるのもいい手段です。

何かを捨ててこそ、何かを得られます。得たいなら、捨てなければならないのです。

ぜひ、一歩を踏み出してみましょう。