【うつ病】完璧主義から逃れたい

うつ病

こんにちは、障害厚生年金二級を受給しているうつ病患者です。

今回は、自分の「完璧主義」という性格と生きづらさについてお話ししたいと思います。

失敗は許されなかった幼少期

私の両親は、テストで点が悪いと分かりやすく子供の前で落胆していました。大きなため息をついたり、無言で圧力をかけて、子供が反省することを促そうとしていました。

なので毎回私は100点ではないテストを両親に見せる(テストは全て揃えて両親に見せなければならなかった)たびに、「また失望される…」といつも辛かったです。でも、両親に辛いと言い出せませんでした。

両親は「自分たちの家庭は最高」なのだと子供たちに、そして自分たちに言い聞かせていたので、彼らの幻想を崩すようなことは言い出せませんでした。

人間、いつも100点が取れるはずありません。苦手な教科ではひどい点数を取ることもあります。そんな時は、食事の席でさえ視線で責められているようで、食事をとるのも辛かったです。

そんなふうに、大学入学を機に実家を出るまで、私はずっと「100点でなければ許されない」「失敗は許されない」状況で生きてきました。

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原点方式だった前職時代

大学を経て初めて就職した銀行は、全てが「原点方式」でした。

当時自覚はありませんでしたがすでにうつ病を発症していた私は、小さなミスをするたびに「役立たず」と座っているイスを蹴られたり、「おいブス、実家に帰れば?」と詰められたりする生活に心を削られていました。

ミスをする自分が悪いんだ、だからひどいことを言われても耐えなきゃいけないんだと我慢し続け、そしてある日「なんでこんなに頑張ってるんだろう」とぷつりと限界が来て、家から出られなくなりました。

前職時代は、ミスを一つすればその人の人格を否定してもいいというような空気が蔓延していて、自分もそれを受け入れてしまっていました。

逆らえばさらに人格否定されるので、唯々諾々と周囲の空気に従うしかなかったのです。

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選択することに過度なストレスを感じるようになった

失敗することが許されなかった幼少期、全てが原点方式で小さなミスがあれば人格を否定されても当然だった前職時代を経て、私は「選択」することが怖くなりました。

選択するたびに、それが誤りではないか不安になるのです。

また自分は間違いを選んでいるのではないか、誰かに怒られるのではないか…選択をした瞬間からそんなことが頭を支配して、怖くてたまらなくなるのです。

完璧にやらなくてはならない、間違ったら怒られるという、呪いのように染みついた意識が、私を苛みます。もう私自身ではこの呪いをどう解いたら良いのか分かりません。

無理しなくていい、完璧を目指さなくていいと言い聞かせても、それは対処療法でしかないのです。根本の解決にはなりません。

私の心の奥底には常に完璧主義の両親や元上司が居座っていて、隙あらば私にその選択は誤りで、そもそもお前は生きる価値がないのだと、生きるという選択自体が誤りなのだと怒鳴り立ててくるのです。

 

生きることは選択すること、完璧主義を捨てたい

生きることは、選択の連続です。

朝起きて、まず、今日生きるか死ぬかを選択します。生きるのならば何をして生きるのか、何もせずに生きるのかを選択します。…たった一人で息をしているだけでも、起きて数秒で、選択をいくつも迫られます。

完璧主義を捨てたいと何度も思ってきました。今もずっと思っています。けれど、心の奥に居座る両親も元上司も、幻想のはずなのになかなかどいてくれません。

あなたたちなんて私の人生には要らないんだと何度叫んでも、私を力で捻り潰そうとしてきます。私の心のことなのに、私が主導権を握ることができず、振り回されて辛い思いをする日がいく日もあります。

完璧主義を捨てたいです。いつか、全て捨てられる日が来るのでしょうか。全て捨てたいと考えるのも完璧主義だからなのでしょうか。

完璧主義から逃れたいです。

 

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